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「韋駄天像」范道生作
寛文2年(1662)造立、木造、像高126.0cm。現在天王殿に安置されている韋駄 天像は宝永2年(1705)に清より請来されたもので、それ以前は本像が安置されていました。
隠元禅師によって寛文元年(1661)に開創された本山は、伽藍堂宇など年を追って整備されていきました。仏像の像造も進められましたが、禅師は日本に来て以来、仏像の像容に満足されていませんでした。その時、長崎福済寺の招きで渡来していた弱冠26歳の中国人仏師、范道生が本山に招かれました。范道生は中国明末の崇禎8年(1635)福建省に、仏工を生業とする范賛公を父として生まれました。中国では若い頃から名声を得ていたと考えられてますが、長崎に渡来するまでの半生は明らかになっていません。
ここで今日の本山堂宇に安置されている尊像を通観してみるとその諸堂安置の尊像は一般の禅宗とは異なった黄檗宗独特のものです。また太字の尊像(27)はすべて范道生の作とといわれています。もちろん、短い在檗期間にこれだけ多くの仏像を范道生ひとりが造像したとは考えにくく、多くの中国人・日本人仏師を指導して造られたと推察されます。日本人仏師には到底彫出することのできない范道生の造形 感覚が生み出した仏像の数々は、本山独特の異国的な魅力 の重要な要素のひとつとなっています。一時帰国していた范道生は、寛文10年(1670)再び長崎に戻りましたが時の長崎奉行の上陸拒否にあい、その交渉中に吐血し急逝。36歳の若さでした。
范道生が黄檗山に遺した明末様式は、「黄檗様」としてその後のわが国の仏像彫刻に大きな影響を与えました。