
3月8日は
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三門をくぐってすぐ左に曲がると、通 玄門という朱色の門があります。それをくぐると氷烈文の石畳(同じ形の石はまったくない)、白壁・卍の匂欄・白砂などが目前に広がり、真正面 に開山堂があります。ここに黄檗開山隠元禅師をお祀りしてあります。歇山重檐式、蛇腹天井、正面 の半扉の桃戸、そして全て角柱であるところは、大雄宝殿と同じで、また卍の匂欄があるのも黄檗ならではの特徴がみられます。上層正面 の額は、費隠書「瞎驢眼」、下層は木庵書「開山堂」です。毎月1・15日には山内の僧が祝拝し、3日には開山忌を営みます。祥忌の4月3日には、他山からの僧を招待して厳粛に執り行われます。毎日のお勤めは、塔頭寺院の院主が1年ずつ輪番(塔主=たっす)で行なっています。
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開山堂の白壁の塀に囲まれた書院造の和様の建物で、関備前守長政夫人寄進によるものです。寛文3年に庵として建立され、翌4年に隠元禅師が本山住持を退かれ、寛文13年(延宝元年1673)に示寂されるまで過ごされたところです。寂後は客殿として持続されましたが、元禄時代に現在地に移転増築されました。
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舎利殿は、後水尾院様が龍渓禅師に嗣法(臨済正宗第三十四世)されて、隠元禅師の法孫となられる寛文7年に建立されました。黄金の佛舎利多宝塔を奉安するために自ら寄進されたもので、のち宝永6年(1709)に法皇の尊像が祀られました。隠元禅師へ帰依する姿を、一つの信仰の証として残されたことになり、法皇おゆかりの寺院とみることができます。ちなみに、舎利殿の瓦(寿蔵も同じ)は、神社仏閣など上方の瓦御用をつとめた大阪の寺島藤右衛門によって寄進されています。